岡山市出身でフランスのパリを拠点に活躍する画家、赤木曠児郎さんから月に1回程度「パリ通信」を送っていただいています。

2015年5月10日

「二つの繊維アート展」

 「能からマタハリまで」。イエナ広場の、ルーブル美術館東洋分室である国立ギメ美術館では、8月31日までこのようなタイトルで、2000年にわたる東洋の演劇、舞台美術の展覧会を開いている。ちょっと見逃しそうな、あまり重要でなさそうな印象だが、この美術館の膨大なコレクションを動員して、インド、中国、日本、東南アジア、古代の彫刻から舞台衣装まで、幅広く各地の伝統演劇のアクセサリーが美術品として鑑賞紹介され、見応えのある催しで人気になってしまった。この美術館の中央ホール講堂では、定期的に東洋の演劇、音楽、映画の上演や、講演がされ、社交界の催しにもなる。第一次大戦中にドイツの女スパイとして銃殺されたマタハリも、1905年3月13日ここの舞台で始めてインドシナ舞踏を踊り、パリ社交界の人気者に登場して行った歴史もあって、同じ舞台が現在もそのままで由緒があるのである。今回の展覧会、日本は地理的に一番遠い東洋の端だから出口。能面、文楽人形、浮世絵など続き、その本当に最後に当たる一室が、久保田一竹晩年の、一竹辻が花染め「シンホニー」「富士山」シリーズが展示され圧巻である。絞り染された布地の持つ量感の変化、極色彩、絹の生地がキャンバスであり絵の具なわけで、立派な現代アートの表現として、人々の心を打つ。一竹さんの生前、パリの当時の国立近代美術館で大ホールを着物で埋め、キモノで描いた抽象画、オリジナルな表現と、大評判と感銘をパリジャンに与えた。会期延長まであり、文化大臣はすぐ勲章まで出したが、日本の美術界では、キモノはよそ者で冷たかったかも知れない。今でもパリの美術業界では語り継がれる名美術展で、具体派美術展などより、オリジナルな日本発本物アートの印象を残し、今回もまたその思い出を新たにした。

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